立川マンドリンクラブ会報 第46号2013.10.19発行
「交響曲第5番ホ短調作品64」より第4楽章
(1888 年) P.I.チャイコフスキー   Conductor 初山高志
  一般的に『交響曲第5番』と言えば、ベートーベンの『運命』でしょう。しかし、あたりまえですが、交響曲を5曲以上残した作曲家であれば、ハイドンも、モーツァルトも、ドボルザークも、マーラーも、みんな『交響曲第5番』を作曲しています。
 チャイコフスキーの交響曲第5番は、第6番『悲愴』と共に大変人気のある1曲です。「運命の動機」に導かれる重くて暗い第1楽章。美しいホルンの音色で有名な、もの悲しい第2楽章。明るく陽気なワルツの第3楽章。そして、これでもかと言わんばかりの派手なクライマックスの第4楽章。交響曲といっても、とてもわかりやすく、チャイコフスキーらしい1曲です。
第4楽章 Finale 序奏付きソナタ形式
序奏は、Andante maestoso ホ長調 4分の4拍子。第1楽章の冒頭で重く、暗く奏でられた『運命の動機』が、いきなり第4楽章の序奏で奏でられます。しかし、第1楽章とは異なり第4楽章の序奏では『運命の動機』が、やがて来る明るい未来を思わせるように、ゆったりと、それでいて堂々と奏でられます。この『運命の動機』、交響曲全体を支配するとても大切な動機です。序奏の最後、ティンパニのトレモロがクレッシェンドで盛り上がると、提示部です。
 提示部は Allegro vivace ホ短調 2分の2拍子。Alla breve の指示がありますが、これは(速い)2分の2拍子の意味。第1主題では、嵐のような強奏の後、このせわしなさを背景に木管楽器群、チェロ、及びコントラバスによる流れるような旋律の掛け合いが始まります。旋律の掛け合いが弦楽器群に移り、更にこの掛け合いにオーボエとファゴットが加わって盛り上がりを見せて第1主題が閉じられます。
 第2主題では、弦楽器群の3連符と半拍(4分)を土台にフルート、オーボエ、クラリネットが流れるように旋律を奏でます。その後、第2主題の旋律が少し形を変えながら、木管楽器群と弦楽器群との掛け合いで奏でられ、小結尾で金管楽器群によって『運命の動機』が勇ましく奏でられると展 開部です。
 展開部では、提示部冒頭部分が展開された後、第2主題の動機が展開されます。その後、曲が一旦盛り上がって静まります。小節第1泊目の強奏を合図に再現部に移ります。再現部では第1主題が再現されます。第1主題が徐々に変化した後、第2主題が再現されます。426 小節前後の第2主題の再現の終了間際、曲が遅くなりつつ金管楽器による『運命の動機』の掛け合いが始まることで何かが始まることを予感させます。
 ここまで、いろいろと書きましたが忘れて下さって構いません。私個人としましては、ここからがこの曲の醍醐味です。これまでは長い長い『序奏』にすぎません。さあ、みなさん、ここからは背中を丸めて演奏なんかしちゃだめです。胸を張って、しっかり前を見据えて下さい!!
 金管楽器による『運命の動機』の掛け合いが終了すると、トランペットとホルンによる『運命の動機』を基にしたファンファーレを合図に結尾部へ突撃です。ティンパニのロールに乗った強奏が終了すると一瞬の静寂。そして、拍頭に重きを置いた三連符のリズムが奏でられると、壮大なフィナー レ、結尾部の始まりです。
 弦楽器により荘厳に歌い上げられる『運命の動機』は、まさに威風堂々。勝利感に満ち溢れる『運命の動機』に対し、時折現れる金管楽器の合いの手は、祝福しているようにも聞こえます。『運命の動機』は弦楽器から金管楽器に引き継がれます。金管楽器により高らかに奏でられる『運命の動機』は実に煌びやか。『運命の動機』が終了に近づくと曲が遅くなります。これで終わりか・・・
こんな感じではないでしょうか?
 チャイコフスキーは許してくれません。リズミカルで盛大なお祭り騒ぎのような Presto を経て、Moderato assai では、変化した第1楽章の第1主題をオーボエとトランペットが掛け合って曲は豪快に幕を閉じます。
「交響曲第5番ホ短調作品64」の思い出
 あの悲劇的な震災が起こった2011年。その秋に「交響曲第5番」を生で聴く機会がありました。ベースの宇佐美さんが、日本フィルの演奏会のチケットを回してくれたのです。指揮は小林研一郎先生。この曲を振ることにかけては定評がある『炎のコバケン』先生です。場所は杉並公会堂。杉並公会堂は、私が大学1年生のときの定期演奏会で初めて舞台にのった思い出深い会場です。宇佐美さんからチケットを貰ってとても楽しみにしていました。
 当日・・・関東に台風が直撃。鉄道路線は次々と運転を取りやめていきます。職場から早々に帰宅指示がでましたが、京王線と中央線が止まっては帰れません。演奏会も当然中止だろうとあきらめつつ日フィルのホームページを見ましたところ、ギリギリまで開催を予定しているとアナウンスされており、そして、最終的には開催が決定。但し、来られなかった人には別の演奏会の振替チケットが発行されるとのこと。宇佐美さんにそのことを伝えると、折角の機会なので行けるのなら行って下さいとのありがたいお返事。
 中央線が止まっているので、宇佐美さんは来られないとのこと。私の方は、丸ノ内線がかろうじて生きていたので、通常の3倍くらいの時間をかけて丸ノ内線で荻窪へ。荻窪で夕飯でもと思っていましたが、とてもそんな時間はなく、杉並公会堂へ直行。
 杉並公会堂は建て替えられていて、昔の面影は全くありませんでした。ホールに入ってみますと、ポツリポツリとしか人がいません。50人もいたでしょうか・・・ホールはガラガラです。あの震災の当日、墨田で新日本フィルが演奏会を決行した際のお客さんの人数は100人ほどだったと記憶していますが、おそらく、それよりも少なかったと思います。
 演奏会は、先ず、モーツァルトのピアノ協奏曲。「交響曲第5番」がお目当てでしたので、ピアノ協奏曲は何番だったか覚えていません。そして、休憩を挟んでお待ちかねの「交響曲第5番」。
 ピアノ協奏曲で使ったピアノは、休憩中に舞台下手近くに移されていました。小林先生は、ステージに入ってくるなり、おもむろにピアノを開け、第1楽章冒頭の『運命の動機』を弾き始めました。そして、マイクを握ると、「皆様、このフレーズをよく覚えておいてください! このフレーズが様々に変化していきます! ベートーベンの交響曲第5番に『運命』という副題が付けられていなかったら、きっと、この曲に『運命』という名前が付けられていたと思います!!」と、とても熱く解説してくれました。
 第1楽章を経て、第2楽章のホルンに感動し、第3楽章のワルツを経て待望の第4楽章。序奏の『運命の動機』で既に感動が始まっていました。そしてコーダ前のポコ・メノ・モッソでは感動が盛り上がり、ファンファーレが始まるとうっすらと涙が・・・コーダに入るともういけません。涙が止まりません。・・・小林先生は、あの独特のタクトを客席に向けて掲げ、先生ご自身はフェルマータ(停止)です。コントラバスからは弓が楽器に当たる音が聞こえてきました。宇佐美さん曰く、そういう弾き方はよくないそうです。しかし、熱い熱い演奏は出してはいけない雑音すらも感動に変えてくれます。これまでにない感動体験でした。チケットを回してくださった宇佐美さんと、とんでもなく少ない観客なのに、あそこまで熱い演奏をしてくれた小林先生&日フィルに感謝しつつ帰途につきました。
 因みにですが、2009年の定演の「山河緑照」のときにやった『あれ』は、小林先生が4楽章のコーダでやったことのマネです。今はとても後悔しています。まさか、この曲を振るなんて思ってもみなかったから・・・あのときにやるんじゃなかった・・・