立川マンドリンクラブ会報 第422012.11.03発行
「新世界より」とドヴォルザーク Conductor 初山高志
 交響曲第9番ホ短調作品95『新世界より』(1893年) アントニン・ドヴォルザーク 作曲/横山直樹 編曲(初山高志 補筆)

 1892年にニューヨークのナショナル音楽院に招聘されてその院長職に就いたドヴォルザークがアメリカにて作曲した最後の交響曲で、日本ではベートーベンの交響曲第5番「運命」そしてシューベルトの交響曲第7番「未完成」と共に『三大交響曲』の1つと言われています。
 あまたある交響曲の中でも、この曲を特に有名にしているのは、第2楽章においてイングリッシュホルン(オーボエと同属でオーボエよりも5度低い楽器)により奏でられる主題でしょう。これは、ドヴォルザークの死後に『家路』や『遠き山に日は落ちて』などの愛唱歌として編曲されています。日本においては小学校の下校の音楽として流れていたので、クラシック音楽に馴染みがない人にも有名な1曲です。
 今回演奏するのは、この曲のフィナーレである第4楽章です。
 第4楽章 Allegro con fuoco ホ短調、序奏付きソナタ形式 4/4拍子
 機関車の動輪に動力が伝わって力強く走り始める様な緊迫した上昇する半音階のフレーズ、そして走り出した機関車の蒸気音と汽笛にも似た強奏の序奏を経て提示部の第1主題が導かれます。
 力強くホルンとトランペットにより奏でられた第1主題はヴァイオリンとヴィオラに引き継がれます。これに続くスピーディーな三連符を主とする経過部が流れて落ち着くと、全楽章を通じてただ1回だけシンバルがとても小さく打たれます(小さくといっても、指定は「mf」ですが・・・)。この部分がなぜあるのかについては未だに謎とされ、一説には機関車が客車に連結される際の連結音を模しているのだとか。このシンバル、無いとダメかなと聞かれましたが、有名な「新世界の1打ちシンバル」、無いとダメです(笑)
 これに続いて第2主題の穏やかで郷愁を誘う優しい旋律をクラリネットが奏でます。この第2主題にヴァイオリン等が加わって盛り上がると小結尾を経て展開部です。  展開部は作曲者の腕のみせどころ。第1主題や第2主題、更には、それまでの楽章の主題を変奏や転調させつつ重ね合わせ曲を展開させます。先ず、小結尾の主題が現れます。これに第1主題の最初の動機がすりよってきます。これが繰り返された後に第1主題と3連符による経過部の主題とが交互に奏でられます。その後、小結尾の主題をベースに有名な第2楽章の主題が回想されますが、その陰で第3楽章の主題が見え隠れします。次いで、第1楽章の第1主題が回想されます。このようなこれまでの主題の回想が続いた後に再現部に突入します。  再現部では第2主題がホ長調で再現されます。再現部終盤で第2楽章の主題と第3楽章の主題で静まりつつも緊張が高まると結尾部に突入です。
 結尾部では、先ず、第1主題が高らかに再現されます。これに続き、第1楽章の第1主題と第2楽章の序奏部分が重なって出現します。不協なこの部分を振り切るようにホ長調のトニカの強奏に転じます。そして、広大な平原の彼方に沈む夕日のように、フェルマータで和音をディミヌエンドしながら曲を締め括ります。
 このように、この曲は、これまでの各楽章の主題や動機が散りばめられており、どの部分が現れたのかがわかるともっと楽しめます。一度は全楽章を通して聴いてみることをお薦めします。
 さて、この曲を作ったドヴォルザーク。偉大な作曲家であると同時に、今で言う『鉄』でして、本当か嘘か知りませんが様々なエピソードが残っています。
 プラハの本駅の近くに住んでいて、作曲に行き詰まると散歩に出かけ汽車を眺めて帰ってきた・・・わかる気がする。
 渡米に関してかなり悩んだ。しかし、アメリカの鉄道に乗れるということで引き受けた・・・もしかして、バカ?
 ニューヨーク在住時は毎日駅に出かけてシカゴ特急の機関車の車両番号を記録した。しかも、所用で駅に行けないときは弟子に見に行かせた・・・弟子はいい迷惑。
 鉄道通勤していたドヴォルザーク、いつも乗る列車の走行音が微妙に違うことに気付いて車掌に伝えたところ故障が見つかった・・・大作曲家の聴覚の凄さ。
 本物の機関車が手に入るなら自分が今まで作ったすべての曲と取り換えてもいいのに・・・と友人に呟いた・・・やっぱり、バカ(笑)
 ところで、かく言う私も『鉄』でして、子供の頃は『撮り鉄』、今は近場の『乗り鉄』といったところでしょうか。
 『鉄』の気持ちは『鉄』にしか分かりません。そこで『鉄』の気持ちでこの曲を聴くと、力強い機関車の走行音、列車のスピード感や流れ行く景色、駅の喧騒、車庫で静かに佇む機関車、平原上を一直線に敷かれた鉄路の彼方へ列車が走り去る情景等、鉄道のある風景が随所に感じられます。
 新世界アメリカから故郷ボヘミアへの手紙と称されるこの曲ですが、実は、渡米したドヴォルザークから故郷に住む『鉄』仲間への手紙なのかもしれません・・・「おい、アメリカの鉄道は凄いぞ!アメリカの鉄道をモチーフにするだけでも、こんな曲ができちゃうんだぜ!」みたいな(笑)