最初にカラーチェのマンドリンを知つたのは、高校の時のマンドリンクラブの顧問の先生が所持していた「クラシコA」を見せて頂いた時です。 当時私のマンドリンは、祖母が買ってくれた「鈴木」の一番安いマンドリンで、先生日く 「カラーチェのマンドリンは、乾いたコロコロとした音色がいい。」 とおっしゃり、メープルでできた白っぼいボディと、渦巻き型のヘッドが特徴のそのマンドリンにずっと憧れておりました。 高校を卒業してからはしぱらくマンドリンとは遠ざかっておりましたが、5年前に「立川マンドリンクラブ」と出会い、まっさきにカラーチェのマンドリンを購入するところから始まりました。 豊田さんの紹介で、渋谷にある「フレット楽器オザキ」へ。しかし憧れの「クラシコA」は、とても高かったのと、指板が私には少し太く、弾きづらさを感じたので、購入はそれよりランクの低い「16Bis」にしました。 落ち着きのある色のローズウッドのボディで、丸みが少し大きく、抱え込んだときにしっくり収まる感じがよく、貝が施されたポジョンマークも弾きやすさの一つです。 ちょうどタイミングが2000年に作製されたミレニアム版で、私にとつては 「君を一生はなさないよ。」 と言ってやりたくなる楽器です。 |
私の愛用のギターは今から41年前の高校生の時(東京オリンピヅクの頃)に、ギター製作家河野賢氏に依頼して作ってもらった楽器です。同氏はその数年後にベノレギーの国際ギター製作コンクーノレで金賞をとり、目本人では初めて海外で認められたギター製作家ではないかと思います。また月刊誌「現代ギター」を発行する等、目本のギター界の発展に寄与された方でありそういう意味では先見の明があったのではと思います。(残念ながら6年前に亡くなられました) 当時の河野ギターの注文価格は3万円から15万円程度で、現在の同ギター価格が40万円から98万円であることを思うと興味深いものです。正確な記憶ではありませんが当時の大卒の初任給が2万円/月程度ではなかつたかと思いますのでかなり高額であり、高校生には負担の大きなものでした。当初2万5千円で買えるとのことでマンドリンクラブの先輩を通じ注文をしましたが、3ヶ月程度の製作期間中に価格改定があったとのことで、2万5千円で買えたものの〔KOHNO〕のラベルは貼って貰えませんでした。 いずれにしても当時の高校生にとって賛沢な買い物であり、ケースを開け初めてギターを取り出した時の嬉しさはニスの香りと共に今でも忘れられません。 学生時代には常に手にしていたギターですが、杜会人になって仕事に追われケースから出す機会もめったに無くなりましたが、3年前に当クラブに入れていただきまた手にするようになりました。 河野ギターの特色は私のあくまでも主観ですが、当時活躍していたもう一人のギター製作家である中出阪蔵氏のドスの利いた太い音に対し、音色の比較的「優美」な点と作りの「堅牢性」にあるのではと思います。私はギターの弦を弾いた時の音が徐々に減退していく「はかなさ」、「もののあわれさ」…?が好きですのでこの優美さは特に気に入っています。 この音量を持続できないというギターの特色は、ギターだけで音楽を表現するときに限界が出てきますが、マンドリン合奏の場においてはその豊かな響きが音楽のべ一スを支えることとなり、そのことがマンドリン合奏におけるギターパートの役割となるのではと考えています。 マンドリンという楽器もとても魅力的な音色ですが、音がその楽器の表面板の上で鳴ってその楽器の周りに止まっている感じがするのに対し、ギターは和音という重音を得意とし、楽器の奥から鳴る共鳴した倍音が空間に広がり、マンドリンの主旋律をうまく包み込み支えて、合奏音楽に深みを与えているのではと思います。 私個人としては力不足のため現在はマンドリンを支えるのではなく、ぶら下がっている現状ですが、このギターと付き合いながら早くマンドリンを支えられるようになれたらと思っています。 (写真はこの後、悩みに悩んで購入にいたりました) |